ベートーヴェンの生涯 (1965年) (岩波文庫)

田舎町ボンから楽都ウィーンに出てきたベートーヴェンは、ドイツ古典主義のシラーの頌歌「歓喜に寄す」に出会い感銘を受け、いずれはこの詩に相応しい音楽を作るという決意を固めます。ここからベートーヴェンと「第九」の関わりが始まります。本格的に第九の作曲を始めたのが1815年、45歳の頃で、「歓喜の歌」の旋律は52歳の時に、そして「交響曲第九番」は1824年2月に遂に完成しました。正式な名称は「シラー作、頌歌歓喜に寄すを終末合唱にした、大管弦楽、四声の独唱、四声の合唱のために作曲され、プロセイン王フリードリッヒ・ヴィルヘルム三世陛下に最も深甚な畏敬をもって、ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンによって奉呈された交響曲、作品一二五」といい、演奏時間は一時間を超える大作でした。しかし、ベートーヴェン本人はその頃すでに聴力を失っていて、オーケストラの演奏を聴くことは叶いませんでした。彼はその演奏を舞台のそでで観ていたのですが、観客の拍手と喝采に気づいたのは、初めて観客席に振り向いた時でした。日本で第九が初めて演奏されたのは、1918年6月1日とされています。ドイツ軍の捕虜953名が徳島県鳴門市大麻町の坂東俘虜収容所に連れてこられたのですが、その中に偶然、軍楽隊のメンバーが多数含まれていて、ハンセン軍楽隊長以下45名で構成された徳島オーケストラが第二回演奏会で第九の全楽章を演奏しました。世は第一次大戦のさ中、「平和を実現すべし」との理想主義が全編を貫いた第九は聴く者の胸を強く打ち、皆が涙を流して聴いていたと云われています。